お金自体に価値はない!?

重量からすればほとんど無価値に等しい小さなアルミニウム片や銅片であったり、あるいは小さな紙片であったりします。
実際に日本の1万円札の製造原価はたったの20円程度、千円札で17円程度ですからそこに印字されている額とは大きな隔たりがあります。
それでも昔は兌換紙幣だったので、それを銀行に持ち込めば同等の金や銀に交換してもらえました。ですが現在は不換紙幣なので、その担保はありません。
お金は信仰の対象!?

「政府がお金の価値を保証しているから」、その通りですが正しくは、「その国の国籍を持つ国民が政府(国)を信用している」からなのです。
つまりお金の価値というのは、多くの人(国民)が「そのお金は各種物品と交換可能」と認めて初めて生まれるという実に抽象的な(観念的な)存在なのです。
多くの人間が「価値がある」「信用できる」と発する念の連鎖によって生み出される存在であり、ある意味、宗教における信仰の対象物的な存在でもあるのです。
お金は凄まじいパワー(想念=気)のかたまり

世界各地の宗教で信仰の対象とされてきた像や絵画あるいは聖地といった存在も、数百年数千年といったスパンで無数の人々が発する「想念」が集積されることで、それがやがて巨大なパワーとなって今度は逆に放出されることになります。
この放出されるパワーが引き起こす何らかの事象は、古今東西、世界中で「奇跡」として今日まで語り継がれてきたわけです。